大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和63年(ネ)2879号 判決

控訴人 株式会社大川建設

右代表者代表取締役 大川進

右訴訟代理人弁護士 大平弘忠

被控訴人 商工組合中央金庫

右代表者支配人 高松威彦

右訴訟代理人弁護士 辰野守彦

萩原新太郎

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

理由

一  当裁判所は、被控訴人の本訴請求を認容し、控訴人の本件控訴を棄却すべきものと判断する。その理由は、その一部を次のとおり変更する他は、原判決の理由と同一であるからこれを引用する。

1  ≪証拠判断省略≫

2  同六枚目裏三~四行目の「原告において手形交換所に対し不渡処分を回避し又は取り消す方途が講じられた形跡がないこと、」を削除し、これに代えて次を加える。

「被告代表者本人は、昭和四九年九月三〇日に手形が不渡りとなつてしまつたのは、原告押上支店の担当者が被告に対して、被告の当座預金口座に五〇〇万円の振り込み送金がなされていないのに、これがあつたとの連絡をしたため、同人がこれを信頼して手形決済資金を入金しなかつたためである、と供述する。しかし、同時に、同人は、右不渡りの当日である昭和四九年九月三〇日の午後四時二五分頃に、誤りに気付いた原告の担当者から、手形決済資金不足であることの電話連絡を受けたので、その翌日である同年一〇月一日、その不渡りとされた手形金を手形所持人に支払つて手形を決済したとも供述している。

ところで、その当時行われていた東京手形交換所規則六四条によれば、同交換所は、不渡届の提出があつたときは、交換日から起算して営業日四日目に当該手形の振出人等を不渡報告に掲載して参加銀行に通知することになつているが、同規則六八条一項によると、同交換所参加銀行の取扱錯誤によつて不渡報告がなされてしまつたときには、参加銀行は直ちに不渡報告の取消請求をしなければならないものとされ、右取消請求がなされた場合には、同交換所は、不渡報告を取消すものとされており、又、同規則六四条三号により、不渡報告掲載前に右の取消請求があつたときは、右掲載をなすべからざるものとされており、同規則の存在とその内容は公知の事実である。

従つて、本件において、原告は同年一〇月一日に右交換所規則六八条一項に基づく取消請求をすれば、充分な時間的余裕を以て、容易に不渡り公表を回避することができ、被告が不渡り公表により生ずる損害を蒙ることを避けることができた筈である。しかるに、≪証拠≫によつても、原告がこのような処置をとつたとは認められないし、被告も原告に対してこのような処置をとるよう求めたことも認めることができない。そして、原告が、このような容易な回避措置をとることなく、殊更、被告主張の不起訴の合意をしなければならない事情の存在を窺わせる証拠は見当たらない。」

3  同七枚目表三行目の「争いがない。)」の次に、次を加える。

「被告が不起訴の合意が成立したと主張する昭和四九年一〇月一日以後である昭和五四年一一月一六日に、原告の申立に基づき、本訴請求債権を被担保債権とする抵当権の実行のために、千葉地方裁判所一宮支部において不動産競売手続開始決定がなされたが、被告が原告に対して、原告の右申立が被告の主張する不起訴の合意の内容に違反するものであるとして抗議するなどの行為に及んでいないこと、たとえ被告に損害が生じたとしても、原告としてはこれを賠償すれば足りる筈であるが、被告主張の合意によれば、原告は更に利息及び遅延損害金の請求権も放棄することになつており、原告に著しく不利な約定であるのに、それを首肯せしめる特別の事情を認めることができないこと、及び、右のような重要な合意について書面の作成がなされていないこと、」

4  同七枚目表六行目の次に、次を加える。

「なお、被告は前記不渡り発生当時その財務内容は健全であつたと主張し、その証拠として、乙第四号証中の被告の第四期決算報告書を提出するので、この点について検討することとする。右報告書を一見すると、昭和四九年一〇月三一日現在において、被告は五一〇〇万円余の流動負債に対し、その三・六倍を超える一億八六〇〇万円余の潤沢な流動資産を有していることになるから、資金繰りには充分過ぎるほどの余裕があるが如くであるが、資産負債の内訳書にあたると、そのまま額面通りに受け取ることができないことがわかる。まず、三七〇〇万円余の預金の殆ど全部が借入先の金融機関に対する定期預金等であつて、拘束性のものと見受けられ、当座の資金繰りに使用できるのはこれらを除いた残額であるから三〇〇万円にも満たない。また八一〇〇万円余の回収可能な工事未収金債権が有り、しかもその内訳書に記載されているように、その中には訴外谷川寛三(被告代表者本人の供述によれば、同訴外人は被告の有力な後楯である。)に対する債権のように容易に回収ができると思われるものが多くあつたとすれば、即座に資金手当てが可能であつた筈であるが、建築請負業者は一般に、工事完成引渡しと引換えに注文主から手形又は現金によつて請負代金残金を支払を受けるから、多額の未収金を抱えている例は少ないのに、右工事未収金の総額は昭和四八年一一月から昭和四九年一〇月までの一年間の売上高の約三五・六一%にあたることなどを勘案すると、その多くが長期滞留債権である疑いも払拭できない。してみると、乙第四号証を証拠にその財務内容が健全であつたと認定することはできない。

かえつて、≪証拠≫によれば、昭和四九年九月三〇日の不渡りに先立つ同年同月五日にも、額面四〇〇万円の手形が取り立てに回つてきたが、被告はこれを決済することなく、その持出銀行の依頼により返却しており、また同日の被告の当座預金にはこの手形を決済するに足りる資金がなかつたものと認められるし、≪証拠≫によると、被告の施工した請負工事には赤字を出したものもあつて、その業績は順調とは言えなかつたものと認めることができる。

してみると、優良な健全企業たる被告が、原告の偶然の過失により、突如として信用を失つて倒産したとする被告の主張は認めることができない。」

5  ≪証拠判断省略≫、同三~五行目の「ところ、被告の抗弁が理由がないことは、前記本案前の主張について、すでに説示したとおりである」を削る。

二  以上のとおり、当裁判所の判断は、理由の一部を異にするが原判決とその結論を同じくするから、民訴法三八四条により本件控訴を棄却する。

(裁判長裁判官 武藤春光 裁判官 高木新二郎 秋山賢三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例